川井: | そんな角谷さんはコミュニティの活動はどこで覚醒したんですか?
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角谷: | 私の存在が知られるようになった直接のきっかけは2004年のLL WeekendでのGroovyについてのLanguage Updateの発表だと思います。この話は、高井さんが「都合悪いから代わりにやって」と話をいただきました。これがたぶんすべての始まりです。
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川井: | 今の話を聞くと、そこに至るまでって、間が飛んでるような感じもするんですが、LLのイベントとか高井さんとの絡みとかどこからきたんですか?
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角谷: | ええと、Groovyについては、自分のサイトに翻訳記事を載せていたからだと思います。高井さんと知りあったのは、どこだっけ……。PofEAA読書会かなあ。Seasar関連のイベントの喫煙所は……artonさんに高井さんを紹介した場だっけか。まあ、それはそれとして「発表してもいいかな」という気持ちになったのは、転職がきっかけだとは思います。転職して心機一転頑張ろうみたいな気持ちとか、永和はオブジェクト倶楽部というコミュニティをホストしていて、それに関わったことが大きいと思います。
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川井: | なるほど。
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角谷: | で、オブジェクト倶楽部の2回目のイベントで、初めてライトニングトークっていうものをやったんです。今ではオブジェクト倶楽部のイベントでも恒例になってるんですけど、初めはなかなか応募もなくて。そこで、数合わせのために無理やりトークをやらされて、大失敗しました。ガチガチに緊張して、話す予定の内容も話せなかった。でもまあ、それがきっかけで懇親会で声をかけてもらえたりもして。
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川井: | それで気持ち的には普通にそういうコミュニティやイベントに入っていけるようになったんですね。
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角谷: | そうですねえ。それまで人前でしゃべる機会も経験もなかったので、失敗するのは当たり前というか。SIerにいて、平凡にSEやってると誰かにプレゼンテーションする機会ってほとんどなかったですし。ああ、そういえばLLで発表するときに、初めてあの高橋さんとやりとりしました。「高橋さん! 魂がきれいそうですね!」みたいな。
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川井: | 「あの高橋さん」という時代があったんですね!
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角谷: | いやいや、今でも「あの高橋さん」ですよ。高橋さんはすごい。どうかしてる。
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川井: | そうなんですね。
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角谷: | でまあ、最初に大失敗して次がLLという大舞台という。LLのイベントって言語オタクの祭典みたいなもので、何百人という言語オタクの前で発表する、と。ものすごくビビッたんですけど、いざやってみたら結構ウケた(笑)
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川井: | それはRubyの話ですか?
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角谷: | いや、RubyではなくてGroovyです。Rubyの話をあの人たちの前でするなんて畏れ多くて。Groovyみたいな妙な言語なら私でも話せるかな、と。でまあ、それがきっかけで、名前というか――「あ、Groovyの人」とか「ジョジョの人」みたいなインプレッションをLL界隈の人に持ってもらえるようになりました。で、さらにその翌月に「XP祭り」というイベントがあって、そこでは咳さんがしゃべる予定になっていて。チームのみんなで聞きに行きました。その時のXP祭りでもまたライトニングトークがあったんですけど、しゃべる人がちょっと足りなかった。で、運営もやってる先輩の天野から「しゃべらない?」と昼休みに声をかけられて。もう度胸だけはついてるので、その場で発表資料をつくりはじめてトークをしました(笑)。
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川井: | (笑)。
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角谷: | 確かそのときには、咳さんだけじゃなくてtDiaryのたださんも来ていて。tDiaryはもう何年も使っていたので、何か絡みたいんだけど、どう声を掛けたらいいのかわからない。「tDiaryいつも使ってます」以上に話を続けられる気がしない(笑)でも、発表したら名前を覚えてもらえるかなあ、と思って。この辺りから弾みがついてきた感覚をおぼえています。発表してフィードバックがあると面白いし、手っ取り早く人とも絡めるようになるしで「これはいい」と思うようになりました。
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川井: | なるほど。そのときは何のプレゼンをされたんですか?
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角谷: | XP祭りでは、ちょうどXPのプロジェクトやり始めた頃だったので、そこで実践しているプラクティスを紹介しました。バーンダウンチャートといって、イテレーションの作業をポイント化して、残作業を把握するための簡単なグラフです。それを紙に書いて貼り出しておくんですけど、自分たちはこんな風に使ってます、という紹介ですね。
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川井: | なるほど。
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角谷: | だから、コミュニティといっても最初はRubyとは直接関係ないところから入っていった感じです。勤務先がXP界隈では名前が知られていたので、発表したり名刺を出したりするとXP界隈のコミュニティの人たちに話を聞いてもらえたのも大きかったと思います。なので、Rubyには正面突破ではなくて、脇からジワジワという感じです。
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川井: | なるほど。ソフトランディングですね。
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角谷: | そうですね。Rubyは好きだから、すごい人達と何か絡みたいけど、かといってカッコいいRubyプログラムは書けない。でもやっぱり何か出来ないかなぁ、というのを5年ほど続けて(笑)。
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川井: | そうなんですね。ずーっと抱えながらやってたんですね(笑)。
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角谷: | だからって、感極まって何かしてたわけでもないんですけどね。「俺も何かライブラリ作るぞ」とかいった方向には向かなくて。どうでもいい映画を観て暮らしていました。
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川井: | 何か参加したいとか関わりたいとかだったんですね。
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角谷: | そうですね。オリュンポスの神々への憧れというか。近づけたらいいなあ、ぐらいのゆるい気持ちでしたが。
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川井: | なるほど。
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角谷: | で、ある日、Rubyのカンファレンスを日本でもやるらしいという内容を卜部さんの日記で読んで。
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川井: | RubyKaigiですか?
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角谷: | 最初の正式名称はRubyKaigiではありませんでしたけど、まあ、コードネームRubyKaigiですね。で、「イベントの運営なら私も手伝える!」と思って感極まった(笑)
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川井: | なるほど(笑)。
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角谷: | オブジェクト倶楽部でコミュニティっぽいイベントの運営ノウハウなら多少はあるし、声を掛ければウチのメンバーにも手伝ってもらえるんじゃないかと思って。「この速さなら言える」というやつですね。で、「RubyKaigiを手伝わせて欲しい」ということを高橋さんや笹田さんにお願いして運営メンバーに押しかけて入れてもらいました。
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川井: | 2005年ですか?
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角谷: | 2006年に入ってからです。2006年のデブサミのときにお願いしました。
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川井: | なるほど。
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角谷: | 笹田さんもすごい人ですよね。「あ、あの笹田さん!」みたいな(笑)。
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川井: | あの笹田さん!ですか(笑)。
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角谷: | そのとき、日本Rubyの会のブースで、YARVをハックしている笹田さんの隣りに座って、一日中「RubyKaigi手伝わせてください」と言い続けてました。
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川井: | でもその頃まだ快くというか、ぜひぜひという感じですよね?
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角谷: | どうだったんだろう。でも結果としては皆さんナイスでした。快く受け入れてくれたと私は思っております(笑)
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川井: | そういった意味ではRubyのコミュニティってすごくオープンですよね。すごくいい人ばっかりだし。
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角谷: | で、RubyKaigiを中心に関わりはじめたという感じです。
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川井: | そこからRubyコミュニティの人生が始まったんですね?
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角谷: | Rubyコミュニティといっても、Rubyの開発にはビタイチ絡めてませんが。というか、Rubyコミュニティって何なんでしょうね?
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川井: | (笑)。なんか高橋さんは、ふらっと来てふらっと出ていけるような堅苦しくないところがいいって言ってましたけどね。
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角谷: | そうい意味では確かにオープンなんですけど、オープンすぎるんですよね(笑)。なので、実際のところがよく見えてこない。日本Rubyの会ってのがあって、高橋さんが会長でっていうのはわかるけど、要はメーリングリストだし、イベントで前に出てる人はいつも同じだし(笑)
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川井: | 高橋さんは以前、日本人が開発者で近くにいて、そうした人たちを目の前にして「Rubyの会の会長!」みたいなことを言うのはなかなか大変なんだとおっしゃってました。何かを思い切ってふっ切らないとそう言えないんですよみたいな感じで。
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角谷: | なるほど。
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川井: | 「おまえは何だ!」ということを言われそうで居心地が悪いみたいなことがあったみたいです(笑)。
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角谷: | ああ…当初はということですか。
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川井: | 当初は(笑)。
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角谷: | 高橋さんにもそんな時代があったんですね。僕は今そうですね。「おまえは何だ!」と言われたら「何なんですかねぇ?」と答えるしかない(笑)。
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川井: | (笑)。『たのしいRuby』を書いたときに、Rubyはこういうコンセプトなのかということを端書きで書いて、そこから吹っ切れたということを高橋さんは言ってましたけどね。
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角谷: | 「なんとかのなんとかです」という肩書きみたいなものがないと、わかりづらいし自分としてもいたたまれないところがありますね。
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川井: | 何かしら必要ですよね。でも『JavaからRubyへ』なんて本を翻訳されたりしてるじゃないですか。
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角谷: | だからあれはよかったです。「『JavaからRubyへ』を翻訳した角谷です」と言えるようになった(笑)
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川井: | きっかけは何だったんですか?
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角谷: | きっかけは、オライリーの編集者さんからのメールです。Railsの書籍の翻訳を検討してるので、査読を頼まれました。そのRails書籍の原著者のBruce Tateのことを自分のWebサイトに書いたりしてたので、それが目に留まったらしくて。で、「よかったら翻訳もやってみませんか」と声をかけてもらったんですが、断わりました。当時Railsは凄い速さで発展していたので、翻訳してるうちに賞味期限が切れたら嫌だなあ、と思ったのがひとつ。もうひとつは、すでにRailsについては第一人者と呼べるような人たちが日本にもいて、書籍を執筆中とのうわさは聞いていたので、そこに混じって戦える気がしなかった(笑)
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川井: | なるほど(笑)。最初から度胸がありますね。そのチャンスはいったん置いておいてみたいな感じですかね。
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角谷: | 置いて、というか「同じBruce Tateの書籍を翻訳するならこっちの方がいい」と言って『From Java To Ruby』の翻訳査読書みたいなものを自分で勝手につくって提案しました。その後、何度かやりとりをさせてもらって、翻訳することになりました。
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川井: | ちなみに英語はどこで覚えたんですか?
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角谷: | 英語?
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川井: | 翻訳されたということは、何か腕に覚えがあったりしないんですか?
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角谷: | ないです。全くないですね。人生で英語は受験以外ではやってなくて、いわゆる技術的なの英語に触れたもの就職してからです。技術的な動向なんかを追いかけるのに、最初はもちろん英語がわからないので、日本語の情報を見ていくわけですけど、何年か経つと、日本語だと限界を感じるんですね。ちょっと詳しいところとなると英語の情報が必要になってくる。それで、わからないなりに英語を読み始めました。情報収集にすごく力が入ってた頃ですね(笑)。だいたい情報収集に力が入るときって、本業があまり面白くないときなんですけど。
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川井: | わかります(笑)。
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角谷: | それが英語のサイトや洋書を読み始めたきっかけですね。
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川井: | でも翻訳できるほどの力はついていたんですね。
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角谷: | 「翻訳できる」というと微妙ですけど……まあ、自分のサイトに英語の記事を翻訳して載せたりはしてました。
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川井: | その頃から部分部分でいいもの見つけては翻訳してUPしてたんですね。
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角谷: | 全部で3つか4つぐらいですけど。なので、特殊な訓練とかはやってないです。
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川井: | 作業的にはスムーズにいったんですか?
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角谷: | 他の方のことを知らないんですけど、効率はかなり悪いと思いますよ。
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川井: | 翻訳は一冊どれくらいかかるんですか?
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角谷: | 結局、200ページ強の『JavaからRuby』の翻訳には半年かかってます。
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川井: | 仕事しながら半年で出せたんですね。
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角谷: | でも、本職の方の半分以下のペースですから。翻訳はいろんな人に迷惑をかけながらやっております(笑)。
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川井: | (笑)。翻訳とかやられるときに、誰かにアドバイスもらったりされたんですか?
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角谷: | 詳しそうな人にレビューをお願いしてます。
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川井: | そうなんですね。でもきれいな本が出て、次のオファーとかもきてるんじゃないですか?
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角谷: | そうですね。迷惑かけながらやってます(笑)。
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川井: | 最初の頃のお話だと、どうしようと悩んでいるうちプログラマの世界から徐々にコミュニティに参加するようになったりとか、有名人と接するようになったりとか、自分が発表するようになったりとか、いろいろノウハウが入り始めて、すごいいいステップアップというかキャリアアップに見えますね。
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角谷: | 結果だけ見ればそうかもしれません。
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川井: | その生き方って若い方にすごい参考になるんじゃないかなあとか思いますね。
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角谷: | 効率は悪いですよ。
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川井: | でもこればっかりはそんな簡単にいかないじゃないですか。
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角谷: | 今はもっと効率よくできるんじゃないでしょうか。インターネットもあれば、ライフハックもあるし(笑)。
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川井: | いろいろ参考になる人生じゃないかなと思いますね。講演とかも結構依頼も多いですよね?
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角谷: | なくはないですけど、多いというほどではありません。だから、ときどき声を掛けてもらえると嬉しいです(笑)。
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川井: | やっぱり副業として、そちらで生きていけるような人生も考えてらっしゃるんですか?
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角谷: | いいえ。
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川井: | やっぱり会社ベースですか?
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角谷: | 所詮アマチュアなので。講演なり翻訳なり、それ一本でやれるとは思ってません。
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川井: | じゃあ今は、メインは会社の業務で開発をしっかりやって、自分を豊かにするためにコミュニティに参加するとか翻訳やられたりとかしてるんですね。
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角谷: | コミュニティの活動とか社外への情報発信については、勤務先に理解があるので、隠れてやる必要がないのは助かります。外に向けた活動が巡り巡ってメンバーのやりたい仕事につながるということをよく理解している会社だと思います。
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川井: | それはいい環境ですね。
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角谷: | そうはいっても仕事は仕事であるし、楽しいことだけをやれるわけでもないので。所詮は福井の200人規模の平凡な受託開発の会社なので。地味にやってます。
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川井: | なるほど。
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