川井: |
リクルートは入られてどんな仕事されてたんですか?
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白井: | 理系だったので、普通に開発の仕事をしていました。
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川井: |
やっぱり開発に(笑)
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白井: | そのまま行ってしまいました。営業希望だったんですけどね。
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川井: |
営業を希望されていたんですか?あまり知られてないですけど。リクルートは意外にスパコン時代あたりから理工学部出身が一番多いんですよね。
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白井: | あの時代はそうですね。
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川井: |
どの事業部だったんですか?
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白井: | RCS(リクルートコンピューティングサービス)事業部っていうスパコンとかコンピュータの時間貸しをやっていたところです。
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川井: |
なかなか、しんどそうですね。
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白井: | そうですね(笑)
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川井: |
どんな開発をされていたんですか?
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白井: | リクルートの中に役員の情報共有をするためのシステムがあったんですよ。要は上の人たちの外部とのリレーションとか、下で起こったこととかを上がフォローするための色んな情報とか、そういうのを役員間で共有しましょうみたいなのと、全体的な数字を役員で共有しましょうっていうのがあって、一番最初は、それを作っていましたね。で、それを作ってある程度落ち着いたところで、RCP(リクルートコンピュータプリント)、今で言うRMC(リクルートメディアコミュニケーションズ)に出向になりまして、そこでAB-ROADの本を作る制作システムをガリガリ書いていましたね。リクルート本体では社員は絶対にプログラムは書かないんですが、RCPでは全員が書いていました。
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川井: |
自動的に原稿とかを割り振るシステムですか?
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白井: | 入稿して台割りを作って組み版するあたりの全部のトータルシステムを作っていました。
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川井: |
RCSの方では上流工程とか設計とかテストとかっていうことをやられていたんですよね?
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白井: | そうですね、新人ながら開発会社の課長さんに、やってもらわなきゃ困りますって、えらそうに言っていました。
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川井: |
(笑)いい経験ですよね。
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白井: | そうですね。
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川井: |
下流からがベースだと思うんですけど、一説には、上流から入ったほうがいいっていうような人もいれば、一度に両方全部やった方がいいっていう人もいて、いろいろ諸説があるんで悪くはないかなと思うんですけど。上流から入ってみていかがでしたか?
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白井: | そういう意味では、良かったと思いますよ。すごい短期間に仕事で行われているやられてるシステム開発っていうものを全部みることができましたからね。
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川井: |
そうですよね。
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白井: | 最初「何から始めればシステムって出来るんですか?」って聞いていました。そうしたら「画面をお絵かきしなさい」って、ただそれだけ言われましたね。当たり前なんですけど、ただお絵かきしていました。ここに何を入れるとかっていうのは、逆にシステム側の人から大体こう埋めてくれて、これはどうするんですか?とか。そういう風にやってシステムって出来ていくんだって思っているうちに設計書が出来上がったり。そうして、お願いしたやつが物になって出てきて、動かしてみると、「ちょっとイメージしてたのと違うぞ」みたいなことになったり。
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川井: |
1年目ですぐ全体が見れると。面白いですよね、その上で開発の実際の現場にいると、観点とか視点が全然変わってきますよね。
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白井: | そうだと思いますね。
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川井: |
RCSには、どれくらいいらっしゃったんですか?
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白井: | 結構長いですね。一番最初の半年は研修で、そこから1年です。
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川井: |
コーディングをやられたときは、当初のシステムは何で組まれてたんですか?
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白井: | RCPでは、PL/1で組んでました。
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川井: |
すごいですね。歴史を感じますね。
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白井: | ええ。本当に(笑)リクルートに入った中で、数少ない本当にプログラムを書かされて、書いてた人間になって、結局たまたまタイミングが良くて、RCPに1年半いたんですけど、そのときにAB-ROADの制作系のシステムを全部作り直しを経験しましたね。
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川井: |
作り直しの期間っていうのはどれくらいかかったんですか?
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白井: | ほぼ1年ちょっとかかりましたね。何も分からない新人プログラマーから入って、ありがたいことに出てくるときは、AB-ROADの担当プロジェクトリーダーになっていましたね。
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川井: |
その間の勉強はどんな感じでされたんですか? 教えてくれる方もあんまりいなさそうな環境ではありますよね?
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白井: | 3人のプロジェクトがありまして、最初に入ったときはリーダーがやっぱり上についてくれました。学生時代にプログラムは書いたことあったので、ポッて投げられてひたすら書いて、書いてみて、ソースコードをレビューして、テストの仕方とかを教えてもらいながらやりましたね。
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川井: |
PL/1も経験はあったんですか?
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白井: | ないですね。どうしたんでしょうね。きっと何か読んだんでしょうけど、あんまり覚えがないですね。だいたい書き方は同じなので、元となるサンプルとか前のソースとか古いバージョンのソースとかは読まされていたし、そんな中でなんとなく書いていたような気がします。
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川井: |
人と人とのインターフェースに非常に興味があって、営業志望で、開発にまわされて、「自分にとっては道具である」っていうレベルの認識のものを作ることに1年半、心身捧げるっていうのは、耐え難いって人もいますけど、いかがでしたか?
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白井: | 逆に面白かったですね。この頃までは、分からなかったことや知らなかったことをいっぱい吸収できましたからね。
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川井: |
それは技術的なところですか?
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白井: | システムって、画面をお絵かきするところから入っていけばいいんだってことですかね。コンピュータというより、色んな仕事の仕方とか、世の中でやられていることを知ることが出来たりもしましたからね。
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川井: |
印刷ってこうなっているんだってとかっていうことも含めてですね。
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白井: | 本を作るにはこんな工程があって、どういう納期でどんな人が動いていて、だからその間にあるシステムはどんなに大事なのかっていうことを学べましたね。
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川井: |
業務が垣間見れて面白かったってことですね?
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白井: | ええ。システムを作っていく中から業務が見えるというか世の中が見えるってことが、全然何も知らない「ひよっこ」だったので、どんどん見えてきていたときは、本当に面白かったですね。出向しているっていうのも僕にとっては良くて、同じグループとはいえ、ぜんぜん知らない人とまた、一緒に仕事ができるっていうのもとても楽しかったですね。
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川井: |
やっぱり基本的に人がお好きなんですね。
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白井: | 意外と好きですね。
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川井: |
これで本体に戻られるわけですか?
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白井: | はい。そうですね。これで戻りました。
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川井: |
もとのところに戻るわけですか?
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白井: | そのあとは、全社の勘定系システムを作り変える大きなプロジェクトがシステム部門で動いていて、そこに戻されました。
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川井: |
ありましたよね。(笑)これでプロマネみたいなポジションになってくるわけですか?
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白井: | 1個1個のプロジェクトが巨大なので、PMはマネージャークラスが全部やっていて、僕はそこでテクニカルエンジニアという位置づけで配属されました。私の担当した部門は、サブシステムみたいなものを組んでいたんです。全体は大きな汎用機でやっているんですけど、ここだけ切り出して別のオフコンシステムで構築しようっていうことだったんですが、まだオフコンのノウハウがほとんどなかったりとか、オフコン単品で作るノウハウもないですし、オフコンと全社の会計の汎用機との連動をきちっととるみたいなところもなかなかノウハウがない中で、その辺のテクニカルな部分をある程度みるようなミッションでした。
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川井: |
MC部門だけ、オフコンで作ろうという発想は、全社的にはその方が効率がいいというところから生まれたんですか?
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白井: | だと思いますけどね。やっぱり規模からすると、オフコンくらいでいいんじゃないのっていうところだったとは思います。
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川井: |
各部門がそんな動きをしていたってことなんですかね?
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白井: | そういう意味でいくと、HR(人材系)とかJJ(住宅情報系)のように大きな事業は、汎用機で作りました。もう少し小さいところは、カスタマイズが効かないパッケージとの丁度真ん中なので、ほどほどの規模でそれなりの独自性も出したいよっていう意味で、結局オフコンっていう選択肢がとられたんですね。
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川井: |
じゃあ、フルスクラッチでやるものと、本当にパッケージ的に用意していくものとその中間のオフコンでちょっとした若干のカスタマイズをした3通りを同時併行していく動きだったということですね。
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白井: | そうですね。
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川井: |
すごいですね。当時、そんなことをやっていたんですね。
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白井: | そうなんですよ。実はそんなことをやってたんです。
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川井: |
あのシステムがそんな感じで動いているなんて知りませんでした。これはどれくらい開発期間かかったんですか?
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白井: | ここは結構いましたね。3年くらいいたのかな。多分、開発入ってから2年ちょっとは開発期間で取られていたと思いますね。
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川井: |
ここでは、えらい苦労されたとか相当大変だった話しがあるんじゃないかなと思うんですけど。
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白井: | そうですね。逆にここのくらいになるとつまらなくなっちゃったんですよ。あんまり新しいことがなかったんですよ。
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川井: |
まあ、社内の話ですし、勘定系ですとあんまり外部とは関係ないですしね。これでトータルでいうと1年で、2年半の6年くらいですかね?
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白井: | ええ、そうですね。でも、ここでは開発的なところはがっちりやって、いろんなことを身に着けることができたのは事実ですね。
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川井: |
具体的にはどんなことを?
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白井: | 全社勘定系システムは、ウォーターフォールの開発手法の「メソッドワン」っていう開発技法を独自にリクルートでカスタマイズした「スペードワン」っていう開発技法に乗っ取って全プロジェクトが動いていたので、大きなウォーターフォールの開発手法に乗っ取って頭からお尻まで全部通すっていう意味では、滅多にできない経験をさせてもらいました。無駄だろうが何だろうが逃げずにやってみようっていう気持ちでドキュメントも作りましたし、工数もかけてやってみました。
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川井: |
なるほど。確かにこれはなかなか出来ない経験ですね。
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白井: | いいも悪いも含めて、システム開発に関しては、お腹いっぱいっていう感じしたね。
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