川井: |
その後、どこでパソコンやネットを仕事にするきっかけがあったんですか?
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舘野: | 大学に入って、基礎のJavaプログラミングみたいな授業を受けていたんですけど、それすらよく分からなかったんです。なのでプログラミングできる人って一部の天才みたいな人だけなのかなって当時は感じていたんですよ。それで大学の頃は、全然プログラミングなんてせずに、かわりにLinuxに興味を持ち始めたんです。PC を良く組み立てて、いろいろカスタマイズして遊んでいるのは面白かったんで、Linuxに興味を持ち始めて、Linux でサーバを建てたりして、それで基本的なコマンドとかを覚えました。でもプログラミングは難しいものだと思っていて、まだこのときも手をつけていなかったですね。
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川井: |
なるほど。OSレベルでという感じですね。
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舘野: | Linuxのディストリビューションを次々と取っ替え引っ替え入れて、Windowマネージャーを変えてというのに熱中していた頃で、全然プログラミングまでには到達していませんでした。
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川井: |
そうすると、ハッカーの中では遅いスタートかもしれないですね。
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舘野: | そうですね。始めたのは遅いですね。
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川井: |
なるほど、それほど難しいという先入観のあったプログラミングに着手するのはどんなきっかけがあったんですか?
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舘野: | Linuxでマシンを作ると、自宅サーバーみたいなことがやりたくなるんですよ。それで自宅サーバーを運営しだして、「RubyでtDiary(ティーダイアリー)」という日記のWebアプリケーションを使ってたんですよ。当時、初めて初心者がプログラミングするのだったら、tDiary(ティーダイアリー)のプラグインをRubyを使ってちょろっと書くと、すぐWebアプリケーションとしてすぐ使うことができて、初心者でも楽しく学べるんじゃないかっていう記事を見つけて、まだよく分かっていなかったんですけど、これなら出来るかもと思って始めたのがきっかけですね。それで早速のそのtDiary(ティーダイアリー)のプラグインを作ったら、作者のただただしさんがそのプラグインを本体に取り入れてくださったんですよ。それがすごく嬉しかったんです。今、そのプラグインの自分の書いたソースを見ると、めちゃくちゃすごいことになっていて(笑)
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川井: |
そうだったんですか。
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舘野: | 当時は、全然分からないなりにやって、それが初めて外向けにアウトプットしたプログラムでした。そこから段々プログラムってひょっとしたら面白いんじゃないのって感覚を掴んで、どんどんのめりこんだという感じですね。
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川井: |
最初に触れたもので何か作っちゃったってことですよね。
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舘野: | そうですね。よく、プログラムを学ぶためには、何か作りたいものがないと駄目みたいなことっていうじゃないですか。僕の場合は、tDiary(ティーダイアリー)のプラグインがそれになったんだと思います。なんかそういうきっかけがなかったら、未だにプログラムってよく分からないものだって思って生きてきたかもしれないですね。
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川井: |
そういう流れで入って、そこまでのレベルに達することもあるんですね。
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舘野: | 本当に書き始めたのは大学3年の終わりくらいからですかね。
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川井: |
そのタイミングで、最初に作ったプラグインを公開しちゃおうって思ったのはどういう気持ちだったんですか? よく叩かれるからとか言って躊躇しちゃうじゃないですか。
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舘野: | あまりにも初心者過ぎて、ソースが汚いからとかは考えずに、作ってみたしアップしてみようかなと思いました。
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川井: |
それがすぐ取り上げられることになるのはすごいですね。
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舘野: | それからあと、もう一つ今思い返してもすごいなと思うことが、自分でアップしたべた書きのプラグインに対してRuby界で有名な青木峰郎さんという方がオブジェクト指向でリファクタリングして下さって、プラスアルファの機能を付けて変更してくださったんですね。それを見て、プログラムってこんなに綺麗に書く事が出来るんだと思いました。
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川井: |
なるほど、青木峰郎さんに添削されたような感じですね。
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舘野: | 僕の作ったプログラムの機能を何も分かっていなかった人が、機能は一緒なんだけれどすごい分かりやすい内容で書き換えることが出来るんだという事と、自分がアウトプットしたものに対して誰かが手を加えてより良くしていくという循環の部分に運よく出会うことが出来て、よりプログラミングを学んでみようかなって思うようになりましたね。
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川井: |
アウトプットしないとそういう事にめぐり合えませんよね、やはり行動してみたことで得られた結果だったんでしょうね。それにしても、青木峰郎さんなんてすごい人が出てきましたね。
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舘野: | 今こそRailsが出てRubyが流行っていますが、当時はまだtDiary(ティーダイアリー)くらいしか有名なアプリケーションはなかったのですが、今だとRuby界隈の人たちもすごい人たちがメンバーとして集まっているので、何かやるとその方たちがよく教えてくださったりしますね。
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川井: |
当時からRubyのコミュニティに参加されていたのですか?
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舘野: | 当時はまだでしたね、その頃はまだプログラミングを仕事にしようとかは考えていなかったものですから。
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川井: |
大学3年の頃くらいには就職を意識し始めますよね。どんな仕事をしようなど考えていましたか?
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舘野: | PCを組み立てたり、Linuxでサーバを作ったりするのが好きだったので、ネットワークエンジニアをしてみようと思って内定を頂いて入社したのですが、大学4年の頃にプログラミングがどんどん好きになってしまい、会社に入ってみたもののもっとプログラミングを勉強したいと思って、1ヶ月で退職してしまったんです。普通の人からみたらこんな履歴書は駄目だろみたいな感じでしたね。普通のレールから見たらすごい挫折だと思われるかもしれませんが、それでも当時はプログラミングをもっとやりたいと思っていたので、そういう決断をしたんです。
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川井: |
辞めた会社のことはちょっとに書けないですね。。。
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舘野: | はい、その会社にはとても悪いことをしたなと思っていますし。
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川井: |
ネットワーク系の企業だったのですか?
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舘野: | はい。
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川井: |
大手ですか?
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舘野: | 大手というわけではないのですが、従業員が100人〜200人程の会社ですね。
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川井: |
次も決めずに辞めちゃったのですか?
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舘野: | はい。そうですね。
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川井: |
結構、度胸ありますよね。
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舘野: | いや、というより当時はまだよく社会というものが分かっていなかったのだと思いますよ。
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川井: |
まだRubyの世界でやっていた感じですか?
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舘野: | 当時は、Rubyでプログラミングをしていて、自宅サーバーで作ったアプリケーションなんかも結構使ってくれている人がいてくれて。当時、初めていろんな人に注目してもらった「RSSTIMES」っていうWebアプリケーションがあったんです。当時、RSSが流行り始めていて、「RSSTIMES」っていうのは、RSSの更新時間をバーコードみたいなので線を入れて視覚的にで表示するというWebアプリケーションだったんですが、元々あった、MTの「MTBlogTimes」っていうアプリケーションをRubyで自分で書き直してRSSに対応しましたみたいにして公開したら、結構自分のブログとかに張ってくれる人がいて、やっぱりWebアプリケーションを作るのって面白いんだなって思ったんです。そういった体験もプログラミングの道に進むことを決めた要因の1つですね。
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川井: |
お話を聞いていると、作ったものが結構な確率で注目されている気がするんですが、作ったけどもいまいちだったものとかってあるんですか?
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舘野: | あまりなかった気がしますね。どなたか有名な方が取り上げてくださってそこから広まっていますから、やっぱり運があったんだと思います。
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川井: |
この時期にRubyでやっていたのでという前提はあると思うんですが、それにしても目のつけどころとか着想がよかったんじゃないですかね。どういうふうに発想するんですか?
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舘野: | やっぱり自分がすごく欲しいなと思うものを作っていたんです。自分がすごい欲しいものは大体、他の方も欲しいと思っていることが多いので、そこを重視していましたね。
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川井: |
なるほど。それで思い切って会社をやめてしまって、就職活動はどうされたんですか?
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舘野: | FindJob!とかを地道に見ていました。「プログラマーで未経験者歓迎」っていうので検索したりしていました。
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川井: |
あまりこだわらなかったんですか?
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舘野: | そうですね。卒業したばかりでほとんど貯金もなくて、「早くしないと死ぬ」って思っていたので、未経験でプログラマーをやらせてもらえるところならと思って、正社員やアルバイトなんかは問わずに探しました。それでいろいろ受けて、まずはアルバイトの仕事に就きました。
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川井: |
ちなみにどこですか?
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舘野: | ディノっていうWebアプリケーション開発をPHPメインでやっている会社です。
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川井: |
ディノさんですか。ここからすぐですよね。確か、高橋征義さんのいるツインスパークとかウノウさんと一緒のビルに入っていますよね。すんなり決まったんですか?
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舘野: | そうですね。当時はまだRubyが少し書けるくらいで、PHPもまだまだだったんですけど、面接に行ったら、「じゃあ、明日から」って言われたんです(笑)
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川井: |
働いてみてどうだったんですか?
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舘野: | ディノはすごい技術力を持っていて。今でこそスクリプト言語でRails等、オープンソースのすぐに始められるフレームワークがありますが、ディノは当時から良くできたPHPのフレームワークを自社で持っていて。
私はそのフレームワークを勉強するところから入ったんです。ディノの高原社長やCTOの塙さん、PHPで有名な月宮さんなど、周りにいろんな方に恵まれて、そこで教わりながら、Webアプリケーションの基本的部分をPHPで学ばせてもらいました。
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川井: |
趣味でRailsで仕事でPHPというある意味王道みたいな感じですね。
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舘野: | 最近、PHPが結構叩かれているじゃないですか。
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川井: |
そうですね。すごかったですね。
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舘野: | 自分としてはPHPがそんなに好きなわけではないんですけど、でもそれほど悪い言語とも思わないんですよね。やっぱり普通の人がプログラミングをやる上では、分かりやすくなっているんじゃないかなって思いますね。
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川井: |
なるほど。ディノさんには何年くらいいたんですか?
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舘野: | アルバイトの期間を含めて2年くらいですね。
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川井: |
大体、どういうサイトの構築が多かったんですか?
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舘野: | 自分は大手のコミュニティ系サイトの構築なんかをメインにやっていました。あと、細かいのでいうとXOOPSを使ったCMSの構築なんかもやりましたね。
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川井: |
かなり遅くまで働いていたんですか?
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舘野: | いえ、定時過ぎで帰らせてもらって、家に帰ると趣味のプログラミングをしていましたね。
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川井: |
じゃあ、もう、ずっとプログラミングって感じですね。
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舘野: | そうですね。
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川井: |
合間にゲームをするくらいですか?
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舘野: | 当時は、ゲームもほとんどしていなくて、本当にずっとプログラミングばかりしていましたね。
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川井: |
そうなんですか。やっぱり、それって好きなんですよね。
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舘野: | プログラムで何かを作るってことがうまくマッチしたんでしょうね。
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川井: |
少し遅かったとはいえ、自分の本当に好きなことに出会って、それに本気で取り組めたってことは、すごいよいことですよね。
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