川井: |
パソコンとの出会いを教えていただきたいのですが。
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笹田: | パソコンとの出会いですか。中学校3年生のときに、生徒会活動をしていたのですが、生徒会新聞を作るということで、そこに1台のMacがやってきたんです。Macintosh Performa 275という今となってはもう大変な機械だったのですが、それがまともに使える始めてのパソコンで。実際はゲームばっかりしていました。
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川井: |
お、ゲームだったんですね。最初はゲームという方が多いんですが、「笹田さんはゲームじゃないんじゃないか」ってさきほど星くんと言っていたんです。予想外でしたね。
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笹田: | もちろん、ゲームを作るほうじゃなくて、する方でしたけどね。
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星: |
どんなゲームだったんですか?
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笹田: | SimCityをずっととやっていました。Macにはゲームがあまりなかったんですが、生徒会の先生がなんとなく入れてくれたSimCityを夜遅くまで延々とやっていて、「生徒会活動、夜遅くまで大変だね」ということになっていました(笑)
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川井: |
学校でやっていたんですね。
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笹田: | 生徒会ですからね。
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川井: |
私も社会人でしたが、SimCityはやっていました。あれ、やめられないですよね。
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笹田: | そのMacにHyperCardというのが入っていました。当時のMacでその時代に最初からインストールされているものでプログラミングをしようとすると、AppleScriptとHyperCardという環境がありました。AppleScriptだとプログラミングするのには、限界があるので、HyperCardに。HyperCardで書いてあったプログラムを他の人がもってきて、「打ち込んでみよう」っていって打ち込んだら、結局動かなかったという。これが最初のプログラミング体験だった気がします。
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川井: |
なるほど。他の人がもってきたいものがきっかけだったんですね。
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笹田: | そうですね。なんだかんだでプログラミングには興味があったのですが、当時、パソコンは高価なものだったのでなかなか買えず、高校に入ってから自分の環境がやっとできて、という感じです。
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川井: |
高校のときの環境は自宅で?
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笹田: | そうですね。自宅です。
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川井: |
ご両親はエンジニアだったりしたんですか?
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笹田: | 父親は機械系のエンジニアです。計算機とはあまり関係は無かったと思います。
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川井: |
そうですか。最初はどんなパソコンを買ったのですか?
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笹田: | 最初に使ったのがMacだったので、またMacを買いました。Macintosh Performa 588です。それはそれで遊んでいたんですけど、如何せん、Mac用のC言語の環境が高校生にとっては高くて買えないんですね。後になってPC-9821As2を中古で買ってきて、それにC言語の環境を入れたりして。初めて MS-DOSを使ったときには「なんて使いやすいんだ」と思いました(笑)
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一同: |
(笑)
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笹田: | Macだったので、それまではファイルの移動なんかもドラッグ&ドロップでしかできなかったので。ワイルドカードを使うとなんてファイルの移動なんかが簡単なんだと感動しました。プログラミングだと、やはりMacのエディタのほうが使いやすかったので、MacでCプログラムを書いてシリアル通信で98側に送ってコンパイルして実行するという環境でした。
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星: |
普通と順序が逆ですね。
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笹田: | HyperCardはその後も、GUIのアプリケーションを作りたいときは、使っていました。
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川井: |
高校生のときにここまでやっちゃうっていうのは、本か何かで調べてのことなんですか?
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笹田: | 高校の物理室に転がっていた「K&R」を読みましたが、Cは良くわからなくて。その頃、 パソコン通信で知り合った人にいろいろと聞いてみたりしながらやっていました。
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川井: |
笹田さんの高校時代というと10年前という感じですか?
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笹田: | 98年に卒業しましたので、95年入学ですか。ああ、もうぞっとしますね(笑)
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川井: |
12、3年前〜10年前までっていう感じですね。そうするとWindows95は出ている時代ですね。
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笹田: | そうですね。Windows95は出ていました。Windows95も入れてみたんですが、素(DOS)の方が使い易いし、Window環境はMacがあるからMacでいいや、と。
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川井: |
そういうことなんですね。
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笹田: | 今とあまり変わってないですね。今は、Window環境はWindowsでいいやって感じで。設定を覚えるのが面倒でXが使えないので、UNIX系ではサーバーがあればいいやと。そういう位置関係は変わってないですね。柔軟性がないだけのような気がしますが。
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川井: |
その頃から、自分の環境を確立されているということですね。
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笹田: | その頃から進化がないという気もします。
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川井: |
いえいえ、そんなことは。高校は普通の高校にいかれたんですよね。
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笹田: | はい。
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川井: |
大学は東京農工大学でしたよね?
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笹田: | はい。東京農工大学というところで、一応、情報科があって、学費が安い国立大学で、近所で情報科があるというと農工大が電通大だったんですよ。農工大のほうが近かったので、じゃあ、農工大でいいやって感じで決めました。
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川井: |
じゃあ、もうこちらの世界に行こうと決めたということですね。
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笹田: | そうですね。情報系に行こうというのは決めていました。入ってみてびっくりしたんですが、あまり情報系っていう感じの人はいなくて、「パソコン触ったことがありますか?」という質問に手をあげられない人が半分以上いるような状況でした。
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星: |
多分、国立はどこもそうだと思いますよ。
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笹田: | そうみたいですね。学科名と偏差値を見て決めました、みたいな人が多くてびっくりしました。
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川井: |
学校で、端末が全員に貸与されるとかはなかったんですか?
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笹田: | それはなかったですね。例えば、東大の情報理工学系研究科だと学生全員にパソコンを貸与するということになっていますけど。あ、これは東大のアピールということで(笑)
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川井: |
そうかと思ってました(笑)
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星: |
東京大学は学部もそうですよ。
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笹田: | そうなの? へえ。
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星: |
勿論、東京大学っていうシールの貼られたThinkPadですけどね。
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笹田: | それは何年生から?
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星: |
多分3年生からですね。
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笹田: | いいですね。農工大の頃は自分で買いましたからね。初代のMebius MURAMASAが出て、「薄すぎ!」ってつい一目ぼれして買ったのが初めてのラップトップでした。
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川井: |
この頃は、すでに高校時代にいろいろやられていて、学校で学ぶことってあるんですか?
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笹田: | プログラミングの演習なんていうのはあまり苦労しませんでしたが、例えば概念の話になると分からないところばかりでした。あと、私はOSの研究室にずっといたんですが、OSについての一つ踏み込んだ話というのは全然知らなかったので、色々と勉強させていただきました。例えば、研究室配属後すぐのゼミのときに「TLB(Translation Look-aside Buffer)」が出てきて、「TLBって何?」っていう状態でした。
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川井: |
なるほど。
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笹田: | 学部の1、2年生の頃は、データ構造とかアルゴリズム云々みたいなよくあるプログラミング基礎あたりは、高校時代に読んだ奥村晴彦先生の・・・なんだっけ。
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星: |
「C言語による最新アルゴリズム事典」ですね。
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笹田: | そうそう。それを読んで「なんて楽しいんだ!」と感動したりしていたので、大体、その辺の知識でまかなえたりしたんですけど、学年が上がっていくにつれて、それまでの知識で追いつけないところが出てきました。
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川井: |
なるほど。そういう過程も経てこられているんですね。
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